愛用者に教えてもらった 家庭薬「龍角散」の価値
――「ゴホン!といえば龍角散」というキャッチフレーズで知られる株式会社龍角散は、秋田藩の藩医を務めていた藤井一族が1871年に東京・神田で創業した、のど専門の老舗企業です。ところが、八代目の藤井隆太氏が社長に就任した1995年頃、同社は創業以来の危機的状況に陥っていました。
藤井社長:まさに“どん底”の状態でしたね。競合メーカーや効能の強い新薬の出現で、看板製品の『龍角散』の売り上げは減少する一方でしたし、新製品を出してもなかなか売れませんでした。ところが社内は『なんとかなるだろう』という雰囲気で、まさにお手上げ状態でした。
――なんとか打開策を探そうと、孤軍奮闘していた藤井氏がふと気づいたのは、長年「龍角散」を使い続けている愛用者の存在でした。
藤井社長:売り上げが減ったとは言え、まだまだ買ってくださる方がたくさんいるんだということに気づきました。『これがなくなったら困る』とおっしゃる方々の話が聞きたい。『龍角散』でなければならない理由を突き止めれば、何か策が見えてくるのではないかと考えました。
――当時はインターネットも普及していなかったため、製品に返信用はがきをつけてアンケートを募ったり、グループインタビューを実施したり、できるだけ多くの愛用者の声を集めたそうです。毎晩、業務が終わってからその内容に目を通すのが日課だったとか。
藤井社長:そこからわかってきたのは、『龍角散』を愛用している人ほど、風邪をひいた時ではなく、日常的に使っているという事実でした。確かめてみると、大きいサイズの『龍角散』は季節に関係なく売れていました。
――さらに驚いたのは、生薬由来の緩やかながらも確かな効き目や、のどの粘膜に直接作用する「龍角散」ならではの特長を、愛用者の人たちがよく理解していたことでした。
藤井社長:のどの健康を守るための日常的なケアにこそ、『龍角散』は役に立つんだ、と愛用者に教えられた気がしました。長年愛用してくださっている人たちの存在は家庭薬の強みの一つ。そこから得た情報を拡大していけば、業績は必ず回復できると確信しました。
大胆な営業判断によって業績のV字回復に成功
――愛用者の熱い思いを無駄にはできない、と藤井氏は新たなブランド戦略を立てました。「龍角散」ブランドに集中することを決意。苦戦していた新規事業や新製品の販売にストップをかけるだけでなく、当時の主力商品の一つだったのど薬「クララ」まで廃止を決めたそうです。
藤井社長:当然、社内からかなり反対の声が上がりました。それでも『龍角散』ブランドに絞って事業を押し進めていくべきだ、というのが私の経営判断でした。
――代わりに力を入れたのが、個包装で持ち運びやすい手軽な顆粒タイプの「龍角散ダイレクト」の開発でした。
藤井社長:日常的な『のどケア』に使いやすいものを作りたいと考えました。歴史のある薬であっても、時代が変わり、人々のライフスタイルが変わったなら、こちらも考えを変える必要があると思ったからです。どんな人でも風邪はひきたくない。そのためにはどんなケアでのどの粘膜を整えておくのがいいのかを伝えようと思いました。
――藤井氏の読みは見事に的中し、2008年に発売された「龍角散ダイレクト」は大きくヒット。世界で初めて開発された服薬補助ゼリーやのど飴などの需要も伸びた結果、見事業績をV字回復することに成功。そして2011年に発売した「龍角散ののどすっきり飴」は、競合他社がひしめき合うのど飴市場において、発売から3年でトップシェアを獲得しました。
藤井社長:家紋を印刷するなど『龍角散』ブランドを想起してもらえるようなパッケージにデザインを変更しました。営業からは『イメージが違う』『これでは売れない』など散々に言われましたが押し切りました。言ったからには私も責任を取らなければなりません。営業の最前線に立って全国の問屋を走り回り販路を開拓。評価された理由は、やはりのど専門の医薬品メーカーが作ったものだから。我々の確かな技術や信頼性が高く評価されたと思っ ています。
のどケアには「龍角散」人々に印象づけた広告の力
――「龍角散ダイレクト」や「龍角散ののどすっきり飴」、さらに2018年にリニューアルされた「龍角散ののどすっきりタブレット」の広告には、日常の中のふとした場面で「のどケア」をしている人々の姿を切り取ったものが多くなっています。
例えば、舐めながら話せるくらい小粒で、コンパクトなパッケージが特徴の「のどすっきりタブレット」では、オフィスや電車などに持ち歩き、「こっそり、のどケア」ができることを訴求。多くの働く人の共感を得ました。
藤井社長:医薬品の広告では『何に効くか』を訴求しがちですが、それよりも、どんな時に使えばいいのか、そのタイミングで使う理由はなぜかを訴求するのが一番いいと考えました。そこで、さまざまな利用シーンを見せる広告を制作することにしました。
――のどの粘膜に付着する異物の排出を促進することで、のどの健康を保つ、という機能の説明を加えた「龍角散ダイレクト」の広告は、春先の花粉やPM2.5対策、さらにはコロナ対策を考える人たちの関心を大いに集めました。
藤井社長:以前は風邪やインフルエンザのシーズンが終わる春先になると、売り上げが潮を引くように落ちていったのですが、だんだん落ちなくなっていきました。私たちの地道な営業活動や広告などのプロモーションによって、『龍角散』を“冬のお薬”ではなく、“通年で使うお薬”だと捉える人が少しずつ増えていったのだろうと思います。その傾向は、コロナ禍を経てより強くなりました。
トップが考えるコンセプトを形にするプロのテクニック
――2015年、朝日広告社とタッグを組んで企画制作した広告「祭りののどにも、龍角散」は、藤井氏が氏子総代を務める神田明神の節分祭で高らかに響き渡る木遣り唄を耳にしたことがきっかけでした。
藤井社長:『どんなシチュエーションなら、お客様の心に響くのか』と、常日頃から全方位にアンテナを張り巡らせています。木遣り唄を聞いた時、その声があまりにいい声だったので、思わず親方に日頃どのようにのどのケアをしているかを尋ねたところ、『龍角散』を使っていると打ち明けられて閃きました
――美しい社殿に荘厳な木遣り唄。商品よりも神田明神の応援CMのように見せていこうというコンセプトは、藤井氏自らが立案したもの。
藤井社長:先方への出演交渉も私が自分でやりました。夜中3時からの撮影にも立ち会い、撮ったカットにはその場で「OK」を出しながら制作を進めました。決定権を持つ私自身が決めて動く。弊社の広告制作のスケジュールは、とても早いと思います。もちろん、実際にどんなテクニックを使って撮影するかは、制作のプロの皆さんにお任せしなければなりません。
――朝日広告社とタッグを組んだ広告制作はその後も続き、「始める前にも、龍角散」「高座の後にも、龍角散」など、個性豊かな声と話術が魅力の落語家・立川志の輔師匠をメインキャラクターに展開するシリーズや、歌舞伎役者・尾上菊五郎襲名に合わせて制作された「歌舞くのどにも、龍角散」など、声やのどが大切な著名人をキーに斬新な広告を展開してきました。
藤井社長:私がやりたいということに対してやれない理由を述べるのではなく、さまざまなテクニックを駆使して即座に実現してくれるのがプロの仕事だと思います。いつも私が出す無理難題をクリアしていただいている朝日広告社さんには感謝しかありません(笑)
変化の激しい時代だからこそ 「斬新さ」と「迅速性」が必須
――2017年頃から、自社製品だけでなく、自分の健康は自分で守る「セルフメディケーション」を前面にした広告も展開しています。少子高齢化による医療費の増大で日本の医療制度の維持が不安視される中、一人ひとりが「セルフメディケーション」を実践することが大切だと伝えたい、藤井氏の強い思いがそこには込められています。
藤井社長:それが弊社にとってどれだけの広告効果があるのかはまだわかりません。それでも、私は常に時代や社会の先を読み、ブランド戦略を考えたいと思っています。プロモーションや広告も然り。先手を打っておくからこそ、いざ“その時”が来た時にみなさんに選んでもらえるブランドになり得ると思うからです。
――長い歴史を持つ老舗企業だからといって、過去の実績や経験則だけで商売をしているわけではない、と藤井氏。持論は「人は老いるが、企業は若返ることができる」。
藤井社長:世の中はどんどん変わっていきます。天災や人災など予期せぬいろんなことが起こり得ます。大事なのは、自分のアイデアをいかにタイムリーに広告に反映できるか。そのために必要なのが『斬新さ』と『迅速性』。それが大企業とは異なる、我々中小企業が生き残るための唯一の道だと思います。
――現場主義やスピード感を重視する経営方針は、藤井氏が社長に就任してからのこと。
藤井社長:小さい企業には小さい企業なりのやり方があります。私は音楽家でもありますが、経営もオーケストラスタイルが理想的だと思っています。100人の奏者に対して指揮者はたった一人。その指揮に合わせて全員で心を一つに合わせて演奏するからこそ、美しい音楽は生まれます。企業にとってもそのやり方がいいだろうと思っています。最初は納得できない顔の社員も多かったのですが、売り上げが伸びるにつれて理解してくれるようになったようです。
ブランドイメージを周知 広告に課せられた役割
――かつて秋田藩の藩医だった藤井玄淵氏が喘息を患っていた藩主のためにと蘭学の知識を取り入れて生み出した家伝薬がありました。それを一般に売り出した時の名前が「龍角散」だったそう。
藤井社長:『世のため、人のため』が、創業以来の方針です。もともと医者の家系なので、商売といえど金儲けが優先ではいけない、という思いが昔から弊社の根底には流れているように思います。私も社会貢献が先にあり、ビジネスはその後でついてくると思っています。おかげさまで多くの方に社会貢献度の高い企業だと認知されているようで、大変ありがたいことだと思っています。
――より多くの人に製品を手にとってもらうためにも、社会貢献度の高いブランドイメージをさらに広めていくためにも、プロモーションや広告は重要な手段だ、と話す藤井氏。
藤井社長:製品の特徴やブランドイメージを一気に広げるには、やはり広告の力は大きい。今、『龍角散』ブランドが、のどに違和感を感じた時のファーストチョイスになっているのは、長年『のどケア』の大切さを広告で訴求してきたからです。超高齢社会の日本では、これからますます健康志向が高まってくる。そのような流れの中で、家庭薬は圧倒的に強いと思っています。なぜなら、長い歴史に裏打ちされた信頼があるからです。逆にいえば、家庭薬のメーカーには責任があるということ。それを肝に銘じながら、時代やライフスタイルの変化を捉えたブランド戦略や広告を考えていきたいと思っています。
藤井 隆太 (ふじい りゅうた)
株式会社龍角散 代表取締役社長
1959年、東京都生まれ。桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業。仏パリ・エコール・ノルマル音楽院に留学後、桐朋学園大学音楽学部研究科修了。大手製薬メーカー、総合化学メーカーでの勤務を経て、1994年龍角散入社。翌年、代表取締役社長に就任する。東京都家庭薬工業協同組合理事長、日本家庭薬協会副会長、厚生労働省社会保障審議会医療保険部会委員などを歴任。家庭薬業界の発展に尽力している。大学在学中からフルート奏者としても活躍。今もなおさまざまなステージで演奏し続けている。