—— 印傳屋はASAKOとはおよそ50年ほどのお付き合いと伺いました。当初はどのようなか関わり方をしていたのでしょうか?
出澤:私が入社した昭和40年代は、地元でも印傳屋の知名度がほとんどありませんでした。印傳屋という名前、そして看板に“山印”(ヤマイン)のしるしを掲げているからか、「印鑑をください」と間違って店に来られる方がいたほどです。広告はほとんどしていませんでしたからね。ある時、朝日広告社の山梨支局の方と知り合い相談したところ、今後の方針について提案いただきました。印傳屋は創業より代々当主が「上原勇七」を襲名しているので、まずはその知名度を上げようと、先代の社長(十三代)と県知事など地元の名士との対談広告を県内に向けて打ちました。そこから徐々に県外に向けて、東京の人にも知ってもらえるように雑誌広告を展開していきました。
中村(ASAKO):印傳屋さんが初の直営店を東京・青山に開設したのが昭和56年でしたね。それに合わせての出稿だったのでしょうか?
出澤:その通りです。印伝の小物やバッグをファッションとして楽しんでいただくために女性誌に商品広告を打ち出し、青山店をアピールしました。東京という新たな市場に進出したことで、新たな商品づくりも動き始めます。当時、ファッション業界で著名なバッグデザイナーに新ブランドのデザインを依頼しました。これまでの古典模様ではなく、ひとつの画としてデザインするという新たな試み。これが最初のオリジナルブランド「キャレー」でした。この新ブランドをアピールする広告制作で、ASAKOさんが提案された名うての写真家さんのスタジオへ撮影の立ち会いに行ったことを今でも覚えていますよ。とても威厳のある方で、現場は張り詰めた空気。やはり上がってきた写真はその方のオーラが発せられたような高質感あふれる佇まいを見せていました。
中村:時代にふさわしい新たなデザインを興して、伝統の技法でつくる。オリジナルブランドはそこから毎年新作を発表していますね。
上原:ファッションも時代とともに進んでいきますから、そこに合うバッグや小物はどんなデザインがいいのか。新たな意匠開発は印伝を身近なものとしていただくための永遠のテーマだといえます。もちろん、そこには鹿革に漆付けや更紗など変わらない伝統の技がベースにあります。商品を見てデザインを気に入っていただき、それが独自の伝統の技でできていることを知っていただく。そこに納得して印伝のファンになっていただく方が多いですね。
中村:デザインだけではなく、その根底にある作り手のバックボーンを知ることで共感が生まれ、選ばれるというわけですね。変わるものと、変わらないもの。そこは私が前任者より引き継いでから現在もブランディングを考える上で根底にあるものです。
出澤:十五夜の新聞広告も、変わらない取り組みのひとつです。これは毎年テーマに沿った話でお月見を促し、伝統の風習や日本人の自然観をあらためて感じていただくもので、平成元年に出稿を始め現在まで36年続けています。始めたきっかけは、ある年の十五夜に雨降りになってしまって。残念がる幼い子どものためにお月さまの絵を壁に貼り、それを見ながら家族でお団子を楽しんだことがありまして。これを新聞広告でもやってみたらみなさんも楽しんでもらえるのではと、なかば遊び感覚で始めたものです。
上原:商品を売るための広告ではなく、季節のお知らせとして日本の文化を再認識してもらう発信は、まさに印傳屋らしいものといえます。近年はホームページやSNSでも発信し、顧客とのコミュニケーションに活用しています。
売ろうとするのではない。想いを伝える。
—— 日本伝統の模様からなる商品構成とは別に、新たなデザインでオリジナルブランドを毎年作り出す。その後は海外にも進出されたそうですが、その狙いとは?
上原:日本の伝統工芸、甲州印伝を世界で認められるブランドにしていきたいというビジョンは、先代と現在の社長(十四代)と私も、ずっと持ち続けていました。世界有数のファッションの中心地ニューヨークで情報を集める中で、海外のブランド開発企業と出会い交渉を重ね、海外のデザイナーに意匠開発を依頼。伝統的な印伝の型にとらわれないアメリカのトレンドやファッションを取り入れたブランド「INDEN NEW YORK」が2011年に完成し、世界各国からバイヤーが集まるNYコーテリー展に出展しました。2016年にはブランド名を「INDEN EST.1582」へ改め、イギリス・フランスを中心とした欧州のファッション市場にも参入しています。
中村:出展された際、海外の方は商品のクオリティだけでなく、それが生み出された背景を重要視する、と当時上原専務はおっしゃってましたね。
上原:はい。鹿革に漆という唯一の特性だけでなく、印傳屋のヘリテージを生み出したバックグラウンドを情緒的なストーリーテリングで感じてもらいたいと思い、WEBムービー『甲州とともに、歩む。』を製作しました。
出澤:これは国内外から大変な反響がありました。甲州の美しい自然、この地でともに工芸を生業とする職人たち、伝統の祭事と芸能、なんでもない日常の暮らし。印伝は最後の数秒にしか出さなかったのに、甲州の今に印伝が息づいていることがよく伝わる。
上原:モノを売ろう、アピールしようというのではなく、甲州に捧げる感謝の心を表したかったですからね。その姿勢に共感する方が多かったのは嬉しいことです。その後、グッチやアスプレイと協業することになりましたが、「INDEN EST.1582」やムービーの評判がもしかしたら彼らの知るところになったのかもしれませんね。
中村:公式SNSを始めたタイミングでこのムービーを公開したら、いきなり5,000いいねがついて。広告を使わずに印傳屋さんの想いがたくさんシェアされました。
上原:その後製作したムービー『Sense of Wonder』は自然を尊ぶ印傳屋の姿勢を表したものです。純粋な想いを感じてほしかったので、これには印伝を一切出しませんでした。なぜ印傳屋が商売をするのか、社会での存在意義を伝えられたらと願い、その想いをムービーで表現してもらいました。
中村:最近ですと、キース・ヘリングのアートとコラボレーションした印伝を製作されましたが、それもコロナが広がる社会をなんとか元気付けようとする想いから始まったものですよね。
上原:厳しい時でした。なんとかしないといけないと思った時、キース・ヘリングが頭に浮かびました。80年代の混沌とするアメリカ社会。エイズ危機や人種差別、戦争など深刻な問題を抱える社会に、キース・ヘリングは作品を通じてメッセージを発信し、人々を勇気づけた。そんな彼のアートが持つ力を印伝に纏わせば、コロナで覆われた暗い世の中を少しでも明るくすることができるのではないかと思いました。
出澤:オンラインショップを開設したのも同じ考えです。これまで全国のお取引先をはじめ、青山・心斎橋・名古屋御園・本店の4つの直営店で印伝を販売していますが、それでも店からは遠方となる方々もいらっしゃる。ファンになっていただいたお客様にわざわざ足をお運びいただかなくてもいいようにしようと。オンラインショップは皆様の利便性を考えてのことです。
上原: Webサイトやオンラインショップ・SNSでは、印傳屋の伝統の技法やものづくりの心をまとめたブランドスローガン・ステートメントをご紹介し、我々のヘリテージを感じていただくようにしました。
ブランドムービー『Inspiration from Yamanashi, Japan』をはじめコンテンツもさまざまご用意し、例えば二十四節気のお知らせ『季の訪い』では、日本人ならではの自然観、そこに心を寄せて生まれた日本古来の模様の話、先人から受け継がれる風習など、皆様と未来へ繋げていきたい日本の文化を発信しています。そうしたところに共感いただける方が印傳屋のファンになっていただけているようです。
人を想う心。その心を人々の心に届ける。
—— 企業姿勢が伝わることで印傳屋のファンになる人が増えていますが、他にも企業ブランドの価値を高める取り組みはあるのでしょうか?
出澤:「正倉院展」への協賛についてご提案いただき、2023年より協賛企業として参加しています。正倉院には印伝の文化の源流である革工芸や漆芸の宝物が多数収められていますので、甲州印伝の文化を受け継ぐ我々としてはそうした貴重な品々を含む天平の美をこの国の未来に残し伝える活動に貢献できることが嬉しく、たいへん光栄に思います。
上原:2024年度からは「正倉院展」の協賛を記念し社内でプロジェクトチームを立ち上げ、正倉院の宝物から着想を得たオリジナルの印伝をつくる活動を始めています。天平時代の匠に敬意を払い、前回は「螺鈿箱」の文様を使った印伝に挑んだのですが、色合いと輝きの表現がかなり難しく半年ほど試行錯誤を重ねました。
出澤:この取り組みによって職人の技術の進歩に繋がりますし、印傳屋がこのプロジェクトに力を注ぐ意義を社内に浸透させることで、社員一人ひとりに伝統の文化を担う責任と誇りをあらためて感じてもらうこともできました。
中村:印傳屋さんのファンの方にももちろん共感の声が広がりましたね。協賛企業として参加し、奈良の現場でその協賛記念プロジェクト印伝を展示・販売し、まだ印伝を知らない方にも印傳屋を知っていただき新たなファンを広げることにも繋がりました。
出澤:他にも我々の姿勢を感じていただけるものとしては、3月8日の「ミモザの日」の活動、「印伝のオーナメント」などの活動もありますね。
上原:3月8日はミモザの日といって、大切な人にミモザの花とともに感謝の心を伝える海外の風習です。もとよりミモザの印伝を毎年製作していましたから、この風習を伝え感謝の心を社会に広めるとともに、その販売収益を社会活動をする団体に寄付しています。「印伝のオーナメント」は印伝の製品づくりで生じる端材を無駄にせず、余すことなくプチギフトにリデザインして顧客に還元、その数に応じた寄付もしています。
出澤:これまでお話しした取り組みは、すべて印傳屋の経営の核となる「人間尊重」の理念に基づいています。それは社員間だけではなく、日本の文化を生み出し受け継いできた先人たち、甲州の地でともに生きる人々、取引先の皆様、そしてお客様。私たちに関わるすべての人とその暮らしを尊ぶこと、そこを根底にブランディングを考えています。
上原:その心でものづくりをし、行動をする。そうした印傳屋の想いや姿勢を汲み取って言語化・デザイン化し、顧客や社会に向けたブランドコミュニケーションを創出いただけるASAKOさんは、我々にとって非常に頼れるパートナーです。
中村:ありがとうございます。これからも印傳屋の皆様の想いを人々の心にお届けする下支えができるよう、ASAKOはずっと伴走してまいります。